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BAT COUNTRY

こんな本を読んだ2006前半〜その2〜

その2は、怪談だとか、妖怪だとか、ホラーだとか、
そういう作品の紹介。
これもよそで買ったのあるから紹介しきれない…。
しかし、割合多いですな。



ホラ−・ジャパネスク読本
双葉社
岩井志麻子

東雅夫による、いわゆるホラー作家達との対談集。
ホラーに対するスタンスみんな違ってて面白いね。
でもみんなプライド持ってホラー書いてる。
この対談の人はほとんど一流だと思うけど、一昔前は
(今もかな?)ホラーはゲテモノ的扱いで大変だった
と思うよ。
でも人を恐がらせるってのは、なかなか難しいことでね。
力の無い作家にそう出来るものではない。
まあ、ホラーが流行るってのは、世の中が混沌としてる
時なんですかね。
逆に妖怪みたいなリアルとは無縁のものが流行るってのは、
平和なときが多いらしいけどね。
今は住み分けしてるんだろうか。

怪談徒然草
角川書店
加門七海

怪談だね。
そんなに恐くは無いけど、まあ面白かったかな。
ただ、作者の解釈とか、この手の話じゃ本当に
いらないと思う。
この作者はよく見る人らしいんだけど、
言ってることがその辺の自称霊感少女とそんなに
変わらない感じがしたな。

七つの黒い夢
新潮社
乙一

7人の作家の7つのホラー作品を収めた作品。
あまり楽しめなかったかなあ。
しかし、乙一は若いのに頑張ってるんだな。
焦る。

怪談の学校
メディアファクトリ−
怪談之怪

怪談の書き方の本だよ。
新耳袋の作者2人と、京極夏彦、東雅夫による
読者投稿の添削なんかが載ってる。
しかし、これ読むと新耳袋の2人は批評に向かない気がする。
京極氏は怪談書いても、自分色出しまくりで面白いね。
あんまし恐くはなかったけど。

「超」怖い話 Η
竹書房
平山夢明

今刊行続いてるシリーズで、一番恐いのはこれかも。
前回は誤植がものすごかったけど、今回はそうでもない。
作者がいつも死に掛けてるのは、崇りかなんかと勘繰りたく
なるような罰当たりさがプンプン。
グロい話多いけど、新耳袋的な不思議な話も増えてきたね。

妖怪画談
岩波書店
水木しげる

フルカラーで見るだけでも楽しいよ。
水木御大の解説も面白いね。
これ、しばらく絶版だったけど、
再版してたんだね。
眺めてるだけでも面白いよ。
妖怪の本をはじめて買う人にオススメ。

白髪鬼
光文社
岡本綺堂

ホラーの大家の作品集の中の一作。
ホラーというのは語弊あるのかもね。
創作怪談みたいな感じかな?
今の作家には無い怪しさがいいなあ。
やっぱりさ、こういう日本的な怪しさって、
今どきなかなか感じられないんだよね。
文明に駆逐されちゃったと思う。
そういう時代あったんだなあ。
自分は体験したことないのに、どこか懐かしい
恐さなんだよね。



今丁度夏だから、これ系の本はガンガン出ます。
私にはうれしい悲鳴かも。
今年の夏も恐くて面白いのに出会いたいな。
じゃ、今回はこの辺で。

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コメント

考えてみると子供の頃よくやってた
“夜中、懐中電灯で顔をしたから照らす”
アレも冷静に考えるとギャグですよね…><\

“恐怖”っていうものも一歩踏み越えたところで様々な感情と裏表なのかもですね

まぁ…突き詰めていけば
あらゆる事象に“原因”があって“結果”が顕れるはずなんでしょうけれど
おそらく人がどれだけ科学を極めていこうとも
この世の全て、“万物”を完全に解明することなんて出来ないでしょう

自分で観たことがない、未体験、理解できない=ない、いない
っていう安易で短絡な見解もうんざりしますけれど
結局TV等で“子供だまし”な霊能力者だのなんだのが幅を利かせてたりするからなんでしょうねぇ…

まぁ結局は「おもしろおかしければいい」っていうそういう事なんでしょうね…><\

ホラー好きと超常現象全肯定っていうのはかなり強引で極端ですよね…

私はどちらかといえば肯定派ですけれど
何でもかんでも脈絡もなく「ある、いる」と“断言”するのではなく
そう考える方が“自然”だと思うし“浪漫”があると思うから…ですね…
><\

投稿: 遊・命 | 2006年7月23日 (日) 00時53分

>遊・命さん

例えば、リングで貞子がTVから這い出してくるシーンなんてその最たるものだと思うよ。
あれは、現代ホラーで最も有名なシーンだと思うけど、一歩間違えると、マンガみたいだしね。
本当の恐さてのは、そういうシュールさあるものなのかもね。

あの手の話で、いる、いないを議論することほど、不毛なものはないよ。
それは分からないことだし、証明のしようもないことだし。
いないっていう人は、「いるはずがない」っていう思考が大半のようで。
確かにそういう話、捏造がほとんどなんで子供だましみたいに思われる面もあるだろうけどね。
ただ、いる、いないって議論てさ、何か意思を持ったモノや、死者の魂だとかが存在するかって議論なんだよ。
そこからして見識が狭いと思う。
ある、なしで考えるなら、よく分からない、いわゆる怪しいことはあるはずなんだよ。
それを怪しいと思うかは個人に依るからで、でもその個人にしてみたら怪しい体験をしたわけでしょ。
なら怪しいことは存在するって言っても間違いじゃないんじゃないのかな。
勿論、全ては起こるべくして起こってるってのも正しいとは思うから、「不思議なことは何もない」ってのもまた正しいとは思う。

そう考えると、テレ朝の超常現象特番見たりすると、その辺の認識ってまだまだだなって思うね。
もっとも、両極端な人出して、面白おかしくやってるってのもあるんだろうけど。
そもそも、ホラー読むのと、超常現象を全肯定するのって全然同じことじゃないしね。

投稿: ぴよこ | 2006年7月22日 (土) 19時05分

そういえば「呪怨」でしたっけ
あの映画を観て笑っている人がいましたっけ…

確かに考えてみると
“そういう部分”っていうのはあるのかも知れませんねぇ
そういうものが“意図されたもの”なのが
結果としてそのようになったものなのかは判りませんが…

未だに科学的に“解明されていない”
「理解できない」現象、物体の存在を
「ない、いない」と断定し続ける人は
「なら“無い(いない)”事を証明して見せてよ」
と突きつけてやりたい物です(“トリックで再現可能”は“無い事の証明”にはなり得ません)

人生で只の一度も“理解不能な現象”に遭遇したことが無いというのなら
それはそれで可哀相なことかも知れませんね…

私もいわゆる“幽霊”“お化け”の類を目撃した覚えはありませんが…
><\

本当に“良い作品”はきちんと評価されて欲しいですね

投稿: 遊・命 | 2006年7月20日 (木) 19時07分

>遊・命さん

そうだね。
ある人曰く、泣かせるのが一番簡単なんだそうで。
お涙頂戴って昔からいうしね。
笑わせるとか恐怖させるってのは、泣かせるように一定のコードというか手法が通用せず、読者個人の体験に依る部分が多くなるので、難しいんだそうで。
特に恐怖は笑いと紙一重のところもあるから、難しいんだって。
本当に恐いのは、そういうどこかコミカルというか、シュールな部分を持つものが多いってのはそうなのかもしれないね。
実際、10年前くらいは、某宗教の事件、猟奇的な少年犯罪もあったりして、怪談はホター、オカルトなどとともに、表舞台から抹殺された形だったようだね。
今は大分よくなったと思うけど、それでも怪談に関する議論が、いわゆるいる、いないでのみ語られたり、霊感ていうのが前提に来て語られたり、いわゆる幽霊の話に限定されてしまうってのは相変わらずで、その辺は不遇なのかもね。
怪談てのは、怪しい話であって、何かを怪しいと思う体験て、生きていれば何かしらあるはずなのにね。
最近は、ホラーなどが評価されたり、京極夏彦作品が直木賞取ったりしてるから、本当に少し前よりよくはなったと思うけどね。

投稿: ぴよこ | 2006年7月18日 (火) 07時42分

本当に純粋に“恐怖”を突き詰めるのも
難しい事なんですよね
仰るようにソレこそ“力量”の問われるところなんでしょうけれど
“色物”“下手物”“際物”と思われる傾向があるのは哀しいことですね

それでもこういう作品が生まれるのは本当に“良い物”は
きちんと評価されているのだと思いたい物ですね

投稿: 遊・命 | 2006年7月16日 (日) 18時13分

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