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Answer For…

全くおかしな話ですが。
昔から自分は帰属するコミュニティに対する嫌悪感があるようです。
例えば日本という国家、自分の郷里、家族などです。
以前勤めていた会社、通っていた学校もそうでした。

このことは、前からある程度自覚はしていて、それが自己嫌悪に繋がっていた部分もあったのですが、最近ではそれは必ずしも否定すべき感情ではないのかなとも思えてきました。
以前だと家族を厭うのは自分が卑しいからだ、会社内で居心地が悪いのは自分が社会性に欠けているからだといった具合だったわけです。
勿論、自分の卑しい部分も社会性に欠けるところも理解しているつもりではあるので、今でも相手にのみ問題があったとは思いませんが。
ただ、以前の自分を全否定するという心理がここ最近減少してきたということのようです。
人のせいに出来るふてぶてしさが出てきたということなのかもしれませんが。
反面、人間関係でうまく行かなくなった面もありますけど、心理的に楽になった部分もありますね。
今では相手の立場も考えないではないですが、自分を殺してまで尊重ということに若干懐疑的になりました。


それと、話が前後しますが冒頭の自分の帰属に関する嫌悪について若干付け足すと。


帰ってきたウルトラマンの「怪獣使いと少年」の回の伊吹隊長の言葉。
「日本人は美しい花を作る手を持ちながら、一旦刃を握ると残虐極まりない」

柳田國男が折口信夫に言ったという言葉。
「折口君、戦争中の日本人は桜の花が散るように潔く死ぬことを美しいとし、われわれもそれを若い人に強いたのだが、これほどに潔く死ぬ事を美しいとする民族が他にあるだろうか。もしあったとしてもそういう民族は早く滅びてしまって、海に囲まれた日本人だけが辛うじて残ってきたのではないだろうか。折口君、どう思いますか」


残念ながら(?)自分はこのどちらの言葉にも共感できます。
なので、嫌悪というより愛憎入り混じったという表現の方があるいは適当なのかもしれないとも思います。
好きでも嫌いでもないというよりは、好きでもあり嫌いでもありどちらかというと嫌いという、いい加減な立場というべきでしょうか。
ひょっとしたら、自分の帰属をというよりは、自分自身をどちらかというと嫌っていて、それでいて諦めきれないという感情を反映していると自己完結してみましたがどうでしょう。


参考
メイツ星人
折口信夫



とまあ、前の職場を辞職してから一年が経ったことを思い出したので、なんとなくこんなことを書いてみました。
次は河童忌の前後にでも、こういった不善を為した結果でも発表したいと思います。

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雑記」カテゴリの記事

コメント

>mutuhaさん

こんばんは。
こういった感想を述べづらそうな記事へコメントありがとうございます。
自分の場合、否定し続けて一周しちゃったのかもですね。
今でも自己に対する肯定的な気持ちはあまりないですが、結果的にはそちらに以前よりは向かっているのかもですね。
まあ、メンタルが弱いので一喜一憂ですけどね。
これがレスとして適切かどうかは分からないですが、色々汲み取ろうとしてくれたことはうれしく思います。

投稿: ぴよこ | 2009年6月17日 (水) 23時54分

ぴよこさんこんにちは〜!

自分自身をよく分析していますね〜!
すごいな〜と感じました。
自分自身を肯定否定する事も大切だと感じます。
また否定する気持ちが少しずつなくなってきているのも、自分を肯定しているという事なら良いことなのでは?と思います^^
否定する事は辛い事ですが、
成長には少なからず繋がる部分もあると思うし、
肯定も自信になる新しい力を生み出してくれると思います。
よくどんな事にも裏表があると読んだり聞いたりしますが、それはこういう事でも当てはまるのかなと思いました。
裏も表も同じ一面だとすれば、それはひとつの形であって
その形に囚われることもないとも思います。
ただ形に目が行きやすいのも人間なのかな?

なんだか意味が分からない文章になってしまいました。
すみません(汗

投稿: mutuha | 2009年6月16日 (火) 16時10分

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